世界中のクリエイターと、日本のマンガ編集者をつなぐ――Anime Expoで見えた「海外出張編集部」の可能性
2026年7月、米国・ロサンゼルスで開催された「Anime Expo 2026」で、KADOKAWAは、海外クリエイターから直接マンガ作品の“持ち込み”を受け付け、その場で添削やアドバイスを行う「OnSITE Portfolio Review」(海外出張編集部)を初開催しました。
この取り組みは、世界中のクリエイターとの出会いを通じて新たな作品やIPの創出を目指し、2026年4月に始動した海外在住クリエイター向けプロジェクト「KADOKAWA WORLD MANGA ATELIER」の一環です。
オンラインで作品を受け付ける仕組みがある中で、なぜKADOKAWAは現地へ足を運び、クリエイターと直接向き合うことにこだわったのでしょうか。
今回、このプロジェクトを担当した海外マンガ編集部の瀬川さん、伊藤さんに加え、現地での対応や翻訳コミュニケーションを担当した横島さんに実施の背景や現地で得た気づき、そして海外クリエイターと向き合う“これからのマンガ編集”について話を聞きました。
なぜ今、「海外出張編集部」を実施したのか
――まず、今回「OnSITE Portfolio Review」(海外出張編集部)を実施した狙いを教えてください。
伊藤さん:私はもともと、作家さんとその場で作品について語り合える「ライブの場」が好きです。作品だけを見るのではなく、本人と直接話すことで、「どんな作品を描きたいのか」「どんな作家になりたいのか」といった思いだけでなく、その熱量まで感じ取ることができます。その場で作品について意見を交わし、一緒に作品を掘り下げていけることは、オンラインにはない対面ならではの価値だと感じています。海外の大型イベントで、日本の出版社がこうした場を設ける例はまだ多くありません。だからこそ、現地でクリエイターと直接向き合う機会をつくること自体にも意味があると考えました。
瀬川さん:作品を受け付けるだけであれば、オンラインでも十分できます。 ただ、実際に顔を合わせて話すことで、編集者だからこそ感じ取れることがたくさんあります。
例えば、作品の感想を伝えたときの反応や表情で熱量を確かめ合ったり、話しながら相手の理解に合わせて説明の仕方を変えることもできますし、別の作品を例に挙げたりすることで、オンラインでは伝えきれない部分まで感覚的に深く共有できます。そうした双方向のコミュニケーションができることこそ、対面ならではの価値だと思っています。
Anime Expoに出展した理由とは
――数ある海外イベントのなかで、初の「海外出張編集部」の場にAnime Expoを選んだのはなぜでしょうか。
伊藤さん:これまで実施したマンガコンテストでは、米国からの応募が最も多く、まずアプローチすべき地域だと考えていました。その中でもAnime Expoは、日本のマンガやアニメに関心の高いクリエイターが世界中から集まるイベントです。海外出張編集部の初開催には、最も適した場だと判断しました。
瀬川さん:米国にはエンタメ系の大型イベントはたくさんありますが、Anime Expoは日本のマンガやアニメに対する熱量が非常に高く、実際にマンガを描いている人や、将来プロを目指すクリエイターも多く来場します。 今回の企画との親和性が高いだけでなく、「KADOKAWAが海外クリエイターから作品を受け付けていること」を広く知っていただく機会にもなると考えていました。
――実際に開催してみて、手応えはいかがでしたか。
伊藤さん: 会場では「OnSITE Portfolio Review」の横断幕やチラシを見て、「これは何ですか?」と興味を持って立ち寄ってくださる方が多くいました。飛び込みで作品を持ち込まれた方もいれば、「実は自分も描いている」「友人や家族がマンガを描いている」とチラシを持ち帰られた方もいて、私たちの取り組みをまだ知らないクリエイターが数多くいることを実感しました。海外にいながら日本の編集者に作品を見てもらえる機会があることを、今後、より多くの海外クリエイターへ発信していきたいと考えています。
日本の編集者を待っていた海外クリエイターたち
――実際に参加したクリエイターの皆さんからは、どのような印象を受けましたか。
伊藤さん:今回の機会を、本当に楽しみにしてくださっていた方が多かったですね。なかには、私たち編集者にメッセージカードやちょっとしたお菓子を用意して来てくださった方もいました。
日本でも出張編集部を行っていますが、クリエイターさんから編集者へお土産をいただくことはほとんどありません。それだけ今回の機会を特別なものとして受け止め、期待してくださっていたことが伝わってきて、とても印象に残っています。
瀬川さん:私たち編集者にとって、持ち込みの作品を見ることは日常の仕事の一つです。でも参加者にとっては、日本の編集者に直接作品を見てもらえること自体が、ものすごくスペシャルな体験だったのだと思います。
現地の出版社や編集者に作品を見てもらえることはあるかもしれませんが、マンガの本場である日本のマンガ編集者から直接アドバイスを受けられる機会は決して多くありません。作品だけでなく、編集者という存在そのものに対しても、大きな期待とリスペクトを持って参加してくださっていると感じました。
――参加者の皆さんからは、どのような声が聞かれましたか。
伊藤さん:「どうすれば日本でデビューできるのか」という質問は、本当に多かったです。そのたびにお伝えしていたのは、日本のマンガ家も持ち込みやコンテスト、またSNSでの発信を通じて編集者と出会い、作品を磨きながらデビューを目指しているということです。今回の取り組みは、そうした機会を海外のクリエイターにも広げるためのもの。「日本のマンガ家と同じように、海外の皆さんにもその扉を開こうとしているんだ」とお伝えしたら、すごく喜んでいただけました。
瀬川さん:クリエイターにとって日本で作品を発表することは大きな夢の一つなのだと思います。日本で出版されれば、世界へ展開していく可能性も広がります。だからこそ、日本の編集者に直接作品を見てもらえることに、大きな期待を持って来てくださっていたのだと感じました。
「読む」から「体験する」へ――日本のマンガ表現をどう伝えるか
――今回の持ち込みを通じて、海外クリエイターの作品にはどのような特徴が見られましたか?また、アドバイスする際に意識していたことは?
瀬川さん:想像以上に、日本のマンガをよく読んでいる方が多かったですね。好きな作品や作家について具体的に話せる方ばかりでしたし、作品からも、日本のマンガをよく研究していることが伝わってきました。
一方で、物語の見せ方には、日本のマンガと少し異なる傾向もありました。セリフやモノローグで状況を説明し、言葉で読者を導いていく構成の作品が多かったんです。これはグラフィックノベル(※)でよくみられる表現で、日本のマンガのように絵やコマの流れで読者に体験してもらう表現とは少し違いがあると感じました。
アドバイスするときは、画力や構成力といった完成度だけでなく、「この人ならではの魅力は何か」を見るようにしていました。コマ割りや演出といった技術は後から身につけられますが、その人自身の個性は簡単にはつくれません。まずはその魅力を見つけ、それをどう作品に生かすかを一緒に考えることを大切にしていました。
※グラフィックノベル:主に欧米で発展してきた長編コミック作品。作品によって表現はさまざまだが、セリフやモノローグを用いて物語を展開する作品が多く、日本のマンガとはコマ運びや読者への見せ方に異なる傾向がみられる。本記事では、こうした表現の違いを踏まえて使用しています。
伊藤さん:私も、まずその方が何を目指しているのかを確認するようにしていました。日本のマンガを描きたいのか、グラフィックノベルを目指しているのかによって、お伝えすべき内容は変わります。
日本のマンガを目指す方には、「グラフィックノベルは“読む”面白さ、日本のマンガは“感情を体験する”面白さがある」と説明していました。例えば、「ここは説明するのではなく、読者に感じてもらうコマを入れてみましょう」「このアングルにすると、もっと臨場感が出ますよ」といった形で、日本のマンガならではの表現を具体的にお伝えしました。
また、「もっと自分の感情や描きたいものを作品に出してほしい」とお伝えすることも多かったですね。同じテーマを描く人はたくさんいます。その中で作品を際立たせるには、描き手自身の熱量が作品に表れることで魅力が伝わり、読者もその感情を体験できるのだと思います。
瀬川さん:「間」や「余韻」をどう描くかも、日本のマンガならではの特徴です。こうした感覚は、実際の作品を一緒に見ながら対話することで、初めて共有できる部分も多かったと感じています。
言葉ではなく、表現を届ける――編集者の新たな役割
――今回の「海外出張編集部」を経て、海外クリエイターと作品づくりを進めるうえで、日本の編集者ならではの役割はどこにあると感じましたか。
横島さん:一番感じたのは、単なる「言葉の壁」ではなく、「表現の壁」でした。 日本語には、一つの言葉が幅広いニュアンスを持っていたり、「こういう感じで」といった感覚的な伝え方が多くあります。近い言葉に置き換えることはできても、少しずつ意味がずれてしまい、思っていたこととは違う形で伝わってしまうこともあります。
瀬川さん:例えば、日本のマンガの現場では当たり前のように使われる「萌え」という言葉も、英語にはぴったり当てはまる表現がありません。雰囲気を表すような、例えば「はんなり」や「ほっこり」なども同じです。キャラクターの表現でも、「私」「僕」「俺」「あたし」といった一人称だけでも印象が変わりますし、『NARUTO』の主人公の口癖である「だってばよ」のように、語尾や言い回しがキャラクター性そのものになっていることもあります。原文をそのまま翻訳するだけでは、そうしたニュアンスを日本語で再現することはできません。
伊藤さん:さらに、日本語で作品を届けることを見据えると、セリフの量も大きな課題です。 英語を日本語へ訳すと文字量が増え、フキダシや画面全体の印象まで変わってしまいます。そのため、「日本語にしたら、このセリフはどう見えるか」まで考えながら作品を見ていました。だからこそ、翻訳者に任せるだけではなく、編集者自身が日本語でのキャラクター表現やセリフの魅力まで考える場面も出てきます。そこには大きな責任がありますが、日本語だからこそ生まれる表現の面白さもあります。海外クリエイターの皆さんと一緒に、その可能性を形にしていきたいですね。
世界中のクリエイターへ、もっと多くのチャンスを
――今後も「海外出張編集部」を実施する予定はありますか?
伊藤さん:今回、参加者の方から「日本に移住しなければマンガ家になれないと思っていた」「日本の編集者と直接話せる機会をつくってくれて本当にうれしい」といった声をたくさんいただきました。世界中に、日本の編集者へ作品を見てもらう機会を求めているクリエイターがいることを改めて実感しました。
横島さん:米国だけでは終わりません。同じようにチャンスを求めているクリエイターは世界中にいます。今後はほかの地域にも足を運び、新たな才能と出会っていきたいと考えています。
伊藤さん:地域が変われば、作品の傾向やクリエイターのバックグラウンドも変わります。次に開催予定の台湾やアジア圏では、また違った作品や編集の可能性が見えてくるかもしれません。そうした違いを実際に肌で感じながら、日本の読者へ届けるためにどんな編集が求められるのか、私たち自身も学び続けていきたいと思っています。
なぜ私たちは現地へ足を運んだのかー。それは、世界で、日本のマンガを描きたい、日本で作品を届けたいと願うクリエイターの「熱量」に直接触れ、彼ら一人ひとりと向き合うためでした。新たな作品をともにつくり上げていくことも、編集者の大切な役割だと考えるからです。
「OnSITE Portfolio Review」(海外出張編集部)は、その出会いのための第一歩です。KADOKAWAはこれからも、世界中のクリエイターと向き合いながら、日本、そして世界へ届ける新たな作品・IPの創出に挑戦していきます。
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