新宿区×滝乃川学園×角川クラフトによる「世界樹カフェ&ギャラリー」がオープン――障がいのある方が活躍し、地域とつながる場へ
2026年1月、東京・新宿区中落合の一角に、地域との共創の場である「世界樹カフェ&ギャラリー」がオープンしました。
開設の狙いや今後の展望を、新宿区長・吉住健一さん、滝乃川学園理事長・谷正行さん、角川クラフト代表取締役社長・河田聡さんに伺いました。
五感で楽しむ共創の場「世界樹カフェ&ギャラリー」
「世界樹カフェ&ギャラリー」は、官民連携プロジェクトによって生まれた施設です。新宿区をはじめ、日本で最初の知的障がい者福祉施設である滝乃川学園、KADOKAWAの特例子会社・角川クラフトによる、官民連携プロジェクトによって実現しました。
新宿区・中落合の新目白通り沿いから、さわやかな木目調の建物が目に留まります。この施設の1階と地下にあるのが、「世界樹カフェ&ギャラリー」です。
印象的な名称には、KADOKAWAの代名詞とも言える異世界ファンタジー作品に象徴的に登場する「世界樹」がモチーフとして取り入れられています。数多くの物語を届けてきたグループのクリエイティブなカルチャーが背景となっており、この大きな樹がすべての生命を等しく支えるように、性別、年齢、障がいの有無を問わず、あらゆる人々を優しく包み込む場所でありたいという願いを込めています。
1階のカフェスペースに足を踏み入れると、芳醇なコーヒーの香りが広がります。
ここでは、角川クラフトが培ったノウハウを活かし、最高級のスペシャリティー生豆を丁寧に選別・焙煎したこだわりのコーヒーを提供。店内には焙煎機も設置しています。
参考:角川クラフトが東所沢で運営するコーヒー事業について
「福祉ではなく、事業を創る」 クリエイターのクリエイティビティを促進する、角川クラフト コーヒー事業の魅力
開放的な空間も特徴的です。全面ガラス張りの大きな窓からは庭木が眺められ、太陽の光が降り注ぎます。
コーヒーのお供として、ベーグルもご用意。
広島で人気の自家製酵母による新感覚ベーグル「メリーベーグル」の監修・協力をいただきながら東日本の製造販売拠点を目指しています。
カフェスペースでは、障がいのあるスタッフたちが、焙煎士やバリスタ、ホールスタッフとして現場を支えています。
地下1階は多目的スペースですが、主にギャラリーとして運営します。
エンターテインメントの枠を超え、次代の才能を社会へと届ける発信地として、障がいのあるアーティストの作品を展示。作品はシーズナルで変わる予定です。
角川クラフト代表の河田さんは「単なる展示に留まらず、作品を適切にマネタイズし、アーティストに還元する仕組みを検討中です」と展望を語っています。
“エマルジョン”という思想から始まった「世界樹カフェ&ギャラリー」開設のきっかけ
河田さんが目指す未来は、ダイバーシティ(多様性)の「インクルージョン(包摂)」よりも、水と油が混ざり合って美味しくなるドレッシングのような「エマルジョン(乳化)」の状態。その思いを反映したのが、全面ガラス張りの建築デザインです。外からも中からもお互いが見えて、施設で働くスタッフが地域に溶け込むイメージを具現化しています。
全面ガラス張りの窓からも見える特別仕様の焙煎機
実は、「世界樹カフェ&ギャラリー」のプロジェクトがスタートしたきっかけも、河田さんが思い描いているエマルジョンな未来からです。KADOKAWAのサイトに綴った福祉への思いに共感したことがきっかけで、滝乃川学園から角川クラフトへ声がかかりました。
滝乃川学園は、日本の知的障がい者福祉の先駆者です。1891年(明治24年)から知的障がい者施設を運営してきました。しかし、以前から日本の福祉のあり方を一歩前に進めるにあたり「ブランディング」に課題感を持っていたといいます。
谷理事長は「近年、福祉は『施設から地域へ』というキーワードのもと、地域に密着していく潮流が起きています。地域密着のパイロットプロジェクトを構築し、全国展開することを見据えると、ブランドづくりが必要です。そこで、ブランド力があり、独自メディアも持っているKADOKAWAへお声がけしました」と語りました。
この協業の話を受け、河田さんは「我々が築き上げてきたものを何層にも活用できる取り組みだ」と感じたといいます。「福祉だけでなく事業として収益を上げ、障がいのあるスタッフが生計を立てられるようにすることは、まさに角川クラフトがこれまで取り組んできたことです。さらに、KADOKAWAグループが持つブランディングやクリエイティブのノウハウも活かせます」。
三者が見据える障がい者福祉のあり方。
障がいのある方が誇りをもって働ける場所へ
角川クラフトと滝乃川学園だけでなく、新宿区でも福祉に対する考え方に共通する部分があります。 同じ方向を向いている三者だからこそ、「世界樹カフェ&ギャラリー」は実現しました。
吉住区長が説いているのは「保護される福祉からの脱却」。「障害のある方を守られるべき存在として特別視するのではなく、誰もが社会の中で役割を持つことを当たり前にしたい」と考え、すでに実行もされています。
新宿区長 吉住 健一さん
具体的には、「新宿区障害者福祉事業所等ネットワーク」を整備し、障がいのある方が養蜂事業に従事しています。新宿産無添加はちみつ「新宿しQハニー」は、ふるさと納税の返礼品としても人気です。
「採蜜・蜂の健康チェック・瓶詰め・ラベリングといった丁寧で均一な品質を守り続けるための作業は、もちろん個人差もありますが、障がいのある方が得意とする分野の一つだと感じています」と語る通り、吉住区長は「障がい者が社会の大きな力になっている」と実感しているそうです。
また、「一人ひとりの特性に応じた業務を提供することで、生活リズムが安定し、職場への安心感も生まれてほしい」と、障がい者が安定的に長く就労することの重要性も語ってくれました。
角川クラフトも、事業の根底にあるのは吉住区長と共通する思いです。障がい者が安定的に働ける環境が重要だと考え、障がい者のサポートを充実させた特例子会社でありながら事業としての黒字化も達成しています。河田さんは「福祉ではなく、事業を創ることを追求してきました。スタッフには、目標にできることがあって、それを実現する楽しさを実感してほしいと思っています」と語ります。
角川クラフト代表取締役社長 河田 聡さん
角川クラフトでは、コーヒー豆の選別・焙煎、コーヒーのブレンドやパッケージデザインまでを障がいのあるスタッフが担い、クリエイティビティを発揮しています。
社内にはコーヒーマイスターの資格を取得し、資格バッジを胸に付けて働くスタッフも複数名います。最近では、入社した社員が自立し、障害者手帳の返納に至った例も出てきました。
河田さんは「スタッフが生計を立てられるようにすること、家族や友人に自分の仕事を誇れるようになること。それが自立への第一歩です」と語ります。
滝乃川学園 理事長 谷 正行さん
滝乃川学園の谷理事長は、伝統を大切にしながらも新しい福祉モデルの必要性を感じています。
「学園では利用者の意思を引き出し、それを支援することを大切にしてきました。これからは、障がいのある方の『得意なこと』が発揮される場がもっと必要。福祉の枠を超えた新しいモデルをつくりたいと思っています。『世界樹カフェ&ギャラリー』のスタッフとしての活躍に加え、地下のギャラリーで絵や書道などの作品を発信することで、彼らの才能を世の中へ届けたい」と展望を語ってくれました。
誰もが地域社会の一員として輝ける場所を目指して
「世界樹カフェ&ギャラリー」がある場所は、かつて高齢者の憩いの場として地域に親しまれてきました。
「建物や目的が変わっても、地域の人が交流する拠点であってほしい」と吉住区長は語ります。
「障がい者が自らの居場所や存在意義を感じられるとともに、地域として障がいのある方と接することが当たり前になってほしい。お祭りのようなスポット的なイベントではなく、日常的に地域交流ができるこのカフェ&ギャラリーの存在は貴重なものになると感じています」
創業時から、地域とのつながりを大切にしてきた滝乃川学園の谷理事長も「『世界樹カフェ&ギャラリー』を通じて、地域に根差した新しい福祉のあり方を実現したい。さらにKADOKAWAと組むことで、このモデルを日本全国にブランディングしていきたい」と意気込みを語ってくれました。
河田さんは、「世界樹カフェ&ギャラリー」の目指す姿をこう語ります。「事業収益をあげ、障がい者自身も納税者となる理想的なモデルを新宿区でも実現することが目標です」。
障がい者、地域住民、企業・自治体が価値を生み出す、持続可能な事業モデルの第一章はまだ始まったばかりです。
※本記事は、2026年4月時点の情報を基に作成しています