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KADOKAWAの革新的な出版製造流通DXプロジェクト「BEC」が実現 「欲しい本がいつでも手に入る世界」

2025.5.29

本好きを長く悩ましてきた「品切れ・重版未定」

ヨーロッパで活版印刷術が誕生してから約600年。この発明により本を作るスピードは格段に向上し、より多くの人たちが豊穣な文字の世界を味わえるようになりました。その後も印刷技術は発展を重ね、今日の多様な本の文化を支えています。

しかし本の製造をめぐっては今なお大きな課題が残されています。

それが、品切れ・重版未定です。

欲しい本が手に入らない。本好きの方ならば一度はこうした悔しい思いをしたことがあるのではないでしょうか。

出版業界では新たな増刷をすることができないタイトルがどうしても生まれてしまいます。こうした状態の本を品切れ・重版未定と呼び、在庫がなくなれば基本的にその本は書店に並びません。

「これは本に関わる人たちや出版文化にとって大きな損失です」と営業宣伝グループ担当執行役員 兼 営業推進局 局長 栗原真史さんは指摘します。

「昨今は品切れ・重版未定になってしまった本でも、影響力のあるメディアや著名人が紹介することで爆発的なニーズが生まれるケースが珍しくありません。ただ重版の手段がオフセット印刷しかない時代は、一度品切れ・重版未定が決まった本は基本的に増刷されず、重版できたとしても書店に並ぶまでにかなりの時間がかかっていました。読者は読みたいタイミングで本が手に入らず、書店は販売機会を失います。そしてなにより、その本が再評価の機会を失うという意味では文化的な喪失すら意味していました」

しかし、そうした不幸な状況もすでに過去のものになりつつあります。KADOKAWAが推し進める「出版製造流通DXプロジェクト」が、業界の常識を大きく変えようとしています。

BECは出版業界の長年の課題を解決する

そもそも、どうして品切れ・重版未定の本が生まれてしまうのでしょうか。理由の一つは、本の製造を支えるオフセット印刷の制約にあります。

「一般的な書籍の印刷方法であるオフセット印刷では製造最少部数は2,000部と言われています。つまり100部や500部の注文があっても2,000部製造せざるを得ず、その結果として販売希望数の数倍の過剰な在庫を抱えることとなります。大量のタイトルの過剰在庫を抱えることは出版倉庫を逼迫させ、さらに長期にわたってこの在庫が消化できないと断裁処理をせざるを得なくなります。そのため、2,000部の消化が難しいタイトルは重版自体が困難となり、最終的に品切れ重版未定のタイトルとなってしまい、市場への供給が途絶えてしまいます」(五十嵐さん)


BEC推進部 部長  五十嵐健一さん

BEC推進部 部長 五十嵐健一さん

しかし、KADOKAWAが出版製造流通DXプロジェクトとして推進する「BEC(ベック、Big ECo system)」ならば、近い将来、品切れ・重版未定という概念自体をなくすことが可能です。

もともと出版業界は品切れ・重版未定に加え、以下のような課題を抱えていました。

  • 書店に配本する取次会社は、書店の規模や立地、実績に応じて配本部数を決めるため、書店が希望する数と乖離が生じることがある
  • 本は返品可能な委託販売のシステムのため、書店側が品切れのリスクを見越して多めに注文を出すことは珍しくない
  • 出版社は需要の正確な把握が難しく、本を必要以上に製造・出荷してしまうことがあり、結果的に過剰在庫や大量廃棄が生まれてしまう

これらを解消するBECは一言で言えば、「必要な本を、必要な人に、必要な時に」届けられる新しい仕組みです。ポイントは、「営業」「製造」「物流」を三位一体でデジタル化したこと。製造部数と在庫数を最適化し、全国の書店が必要とするタイミングで迅速に本を届けることを可能にします。
この最新の仕組みを支えているのが「BECファクトリー」、「BECゲートウェイ」と、それをサポートするサービス「DOT(ドット、Direct Order Tablet)」、「自動追送システム」です。

書店の発注システムである「DOT」を通じて得られる販売状況の情報から、各書籍の適正な在庫レベルを判断し、書店からの注文に欠品なく、かつ過剰在庫とならないよう適正在庫レベルを維持管理し即時出荷するのが「BECゲートウェイ」です。さらにこの適正在庫レベル維持を可能とするのが、少部数・短納期で製造するのが「BECファクトリー」。
この注文から出荷、出荷後の在庫コントロールまでの一連の流れがシームレスに繋がっているのが、BECの大きな特徴です。
少部数での製造を可能とするBECファクトリーは2018年の製造開始から体制を整え、2020年にところざわサクラタウンで本格的な製造をスタートさせました。


KADOKAWAにとって欠かせないシステムに

実際、すでに成功事例も生まれています。

例えば、2019年のある時期に『ロウソクの科学』を手に取る読者が急増しました。同年にノーベル化学賞に輝いた吉野彰氏が受賞スピーチの際、「化学への興味を持つ原点だった」として同書の名を挙げたことがきっかけです。

このような特需に対応するにあたり、従来のオフセット印刷では増刷までに約2週間かかります。しかしKADOKAWAはBECを駆使することで、増刷した同書を即時に書店に届けることができました。

また、同じく2019年は元号が「令和」に変わったことをきっかけに、出典元である『万葉集』の関連書籍のニーズが大きく伸びました。こちらも前述のケースと同様、BECを活用することで迅速に全国の書店に本を届けています。

こうした実績を積み重ねながら、BECファクトリーで製造した本の累計部数はついに3,000万部を突破(2025年1月時点)。角川文庫、角川つばさ文庫、角川新書、一般書、ライトノベル、コミックといった幅広いジャンルに対応し、KADOKAWAで発行する書籍全体における重版の約3割を担うまでになっています。

読者が書店で本と出会う機会を逃さない

では、BECファクトリー、BECゲートウェイで具体的にどのようなことが行われているのか、さらに詳しく見ていきましょう。

まずBECの起点となるシステムに、書店が直接KADOKAWAに本を発注できるDOTがあります。

「eコマースサイトをイメージすると分かりやすいかもしれません。書店はパソコンやタブレット端末を使って、店頭に並べたい本を必要な数だけ発注。24〜72時間後には注文した本が書店に届く仕組みになっています」(五十嵐さん)

さらにDOTに加え、事前に登録した本の在庫が少なくなると自動でKADOKAWAにオーダーが入り出荷される自動追送といったシステムも書店に提供。読者が書店で本と出会う機会を逃さないようトータルサポートしています。

さて、書店の担当者がDOTを使って本をオーダーすると、その情報はBECの心臓部とも言える“ある施設”に送られます。ところざわサクラタウンにあるBECファクトリーとBECゲートウェイです。

オートメーション化された巨大製造工場

4万平方メートルの敷地に角川武蔵野ミュージアムをはじめ様々な施設が集まる、ところざわサクラタウン。この広大なエリアの一角に、製造機能を担うBECファクトリーと物流機能を担うBECゲートウェイがあります。

「BECファクトリーの最大の特徴は、最低100部からの印刷を高速かつ高品質で実現する最新鋭のデジタル印刷設備です。大量製造に適したオフセット印刷に比べて製造数の柔軟なコントロールが可能なので、需要予測システムに基づく適正な在庫量を常に維持することができます。もちろん突発的な需要が発生した際には迅速な増刷対応も可能です」(五十嵐さん)

サッカーコートおよそ1面分の広さを持つBECファクトリーでは、主に「本文印刷」「付物印刷」「製本」の3つの工程を経て本が製造されています。本文とは文字が書かれた中身のページ、付物とは本の表紙や口絵、カバーや帯のことです。


サッカーコートおよそ1面分の広さを持つBECファクトリー

サッカーコートおよそ1面分の広さを持つBECファクトリー

多くの工程がオートメーション化されているこの施設は、世界最新の印刷・製本技術の粋が集まっていると言っても過言ではありません。

BECファクトリーの肝となるのが、5台の最新デジタル印刷機です。角川文庫、角川つばさ文庫、角川新書、ライトノベル、一般書といった文字中心の本を刷るための印刷機が3台、コミックを刷るための印刷機が2台稼働しています。
「当社では、印刷会社さんにもご理解いただき、印刷データを自前で管理する取り組みを以前から行っています。クラウド上で管理をしているため、市場ニーズに応じ大部数が必要になればオフセット印刷、小部数でよいものはデジタル印刷と製造対応できる体制が組まれています。使いわけをして、製造コストを最適化できるのがメリットです」と製造物流グループ担当執行役員 兼 生産管理局 局長 伊藤正人さんは話します。

ちなみに、印刷用の大きなロール紙を倉庫から運び出すのは完全自動の無人フォークリフト。用紙が切れる前に自動補充する設計で、ノンストップ印刷を可能にしています。作業の効率化だけでなく、人間が危ない作業をするリスクを減らしてくれる点も大きなメリットです。


本に欠かせない付物の印刷には、ウェディングアルバム作成にも使われるハイクオリティなデジタル印刷機を使用しています。CMYKといった基本の4色に加え、角川つばさ文庫のブランドカラーである専用グリーン、コミック・ライトノベルに不可欠な人物の肌色をきれいに印刷する蛍光ピンクも使うことができる特別仕様です。


特別仕様のインクも活用した印刷物

特別仕様のインクも活用した印刷物

そして最後は、製本機によってこれら本文と付物を合体させ、1冊の本が出来上がります。なお、専用の検査機も開発し、品質管理も徹底。不完全な本が書店に並ぶのを防いでいます。

「日本のコミックの品質要求はとても高く、市場流通できるクオリティでデジタル印刷できるのは世界でもBECファクトリーだけ。日本のコミックは世界中で注目を浴びており、デジタル印刷が一般的な海外でも同様の品質に仕上げることは難しく、世界中の出版関係者が施設見学に訪れるほどです」(五十嵐さん)

本が流れる通路を設計

こうして製造された本はベルトコンベアーに乗り、BECゲートウェイ内の約850万冊を保管する日本最大級の自動倉庫へと運ばれます。本はオリコンという専用のボックスに格納され、システムが導き出した最も効率的な配置で保管されます。


DOTを通じてオーダーが入るとオリコンが自動で運ばれ、スタッフが該当商品をピッキング。4ランクの出荷頻度ごとにピッキング方法を工夫し、生産性を高めています。その後注文分が集まった段階で出荷エリアに運ばれ、全国の書店や取次会社へと出荷していきます。


「重要なのが倉庫を意味するウェアハウスではなく、あえてゲートウェイという名前にしている点です」とBECゲートウェイを管理するビルディング・ブックセンター取締役 兼 COOの小倉雅博さんは強調します。

「従来の倉庫は在庫を貯めこむ場所でしたが、私たちはこの施設を『本が流れる通路』として設計しました。常に本が入ってきては出ていく。その流れを最適化することで、余分な在庫を持たずに、迅速な出荷を実現しているのです」

本と人をつなぎ続けるサステナブルな出版へ

KADOKAWAの本は今後も続々とBECのシステムに登録されていきます。つまり、読者が求める限り、半永久的に本を重版することができるのです。

読者は読みたい本を諦めることがなくなり、作家は自身の作品を長くファンに届けることができる。本との出会いの場所である書店もより魅力が増すでしょう。BECは、本の製造・物流の革新にとどまらず、本と人との出会いを豊かにする大きな挑戦でもあるのです。

BECの展望について、執行役・COOの村川忍さんは次のように話します。


KADOKAWA執行役・Chief Operating Officer  村川忍さん

KADOKAWA執行役・Chief Operating Officer 村川忍さん

「これまで出版業界では高い返品率が大きな問題になっていました。需要に対する供給の最適化が実現されていなかったのです。しかし2024年3月期の当社の返品率は業界平均に対して10ポイント近く低い26.8%。BECの貢献はかなり大きい。さらなる活用で2028年3月期には24.4%の実現を目指します。

当然システムの進化につながる投資は惜しみません。技術は常に進化を続けています。現在はデジタル印刷・製造の対応が難しい判型も数年後には実現できるようになっているかもしれません。紙の本を求める読者の期待に応えるためにもBECはアップデートを続けていきます」

大量印刷に適した従来のオフセット印刷とBECという新たな可能性。これらを適切に組み合わせることが今後の出版業界には不可欠です。


総合エンターテインメント企業であるKADOKAWAはデジタルの力を活用して、魅力的な作品をより多くの読者に届けるサステナブルなビジネスを展開していきます。

(C)Daichi Matsuse 2014 (C)Tappei Nagatsuki 2014(KADOKAWA MFコミックス アライブシリーズ刊)
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※本記事は、2025年5月時点の情報を基に作成しています



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