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~前例がないことへの挑戦~ 「ポルタメタ」プロジェクトの軌跡

2025.5.29

クラシック×最新テクノロジーで新たなアーティスト創出を目指す「ポルタメタ」

“バーチャル上に精密に楽器演奏者を再現する”技術を導入したバーチャルアーティスト開発を行う業界初のプロジェクト「ポルタメタ」。クラシック音楽とテクノロジーの融合という、全く新しいコンセプトのバーチャルアーティストの創出を通じ、クラシックファンの裾野を広げることを目的としてスタートしました。

東京交響楽団特別監修のもと、性別、国籍、年齢、キャリアなどに捉われず、演奏者のテクニックや音楽表現を最大限に発揮できる新しいタイプのアーティストを創出することが本プロジェクトの柱です。このプロジェクトから生まれた世界初のバーチャルアーティストが「潤音ノクト(うるねのくと)」。2024年にバーチャルピアニストとしてデビューし、それ以降も活動の幅を広げています。

今回は「ポルタメタ」の誕生エピソードや、活動実績、今後の展望について、担当者に話を聞きました。

※「ポルタメタ」という名称は、滑らかに音程を変える音楽用語「ポルタメント」と、高次元を意味する「メタ」を掛け合わせた造語。


ポルタメタ portameta

「ポルタメタ」プロジェクトで誕生した世界初のバーチャルピアニスト「潤音ノクト(うるねのくと)」。 2024年開催されたコンサート「フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2024」にてデビュー。 ©T.Tairadate/MUZA

「ポルタメタ」プロジェクトで誕生した世界初のバーチャルピアニスト「潤音ノクト(うるねのくと)」。
2024年開催されたコンサート「フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2024」にてデビュー。
©T.Tairadate/MUZA

グループ会社の垣根を超えてシナジーを生み出していく

2022年夏、本プロジェクトの発案者のひとりであり、KADOKAWAでライセンス業務を担当している小池 翼さんは、自身の趣味でもあるクラシック音楽に関する新規事業を立ち上げられないかと考えていました。
当初は、将棋や歌舞伎など伝統的な文化を盛り上げるニコニコの強みを活かし、ニコニコ動画のサービスとクラシック音楽を掛け合わせた何かしらの企画にチャレンジしてみよう、というアイデアでした。
その流れのなかで、東京交響楽団のコンサートを定期的に生配信する動画チャンネル「ニコニコ東京交響楽団(ニコ響)」の担当者であるドワンゴの高橋 薫さんと意気投合し、プロジェクトが発足しました。


ドワンゴ 高橋 薫さん(「ポルタメタ」プロジェクト チーフプロデューサー)(写真左) KADOKAWA 小池 翼さん(「ポルタメタ」プロジェクト ディレクター)

ドワンゴ 高橋 薫さん(「ポルタメタ」プロジェクト チーフプロデューサー)(写真左)
KADOKAWA 小池 翼さん(「ポルタメタ」プロジェクト ディレクター)

KADOKAWAグループには、従業員自らが発起人となり、部署横断的なプロジェクトを提案し、メンバーを社内公募等で集め、中長期的にプロジェクト実現に向けて挑戦することができる「プロジェクト公募」という制度があります。
小池さんと高橋さんを中心とした、KADOKAWA・ドワンゴ混合のメンバーで打ち合わせを繰り返し、コンセプトや方向性を作り上げていく中で、「ポルタメタ」は、有志が自主的に集まって提案した企画、かつグループ会社を超えてシナジーを生み出せる企画という両面が評価され、2023年夏に「プロジェクト公募」として採択され、本格的に始動しました。

KADOKAWAとドワンゴの相乗効果を狙う、「ポルタメタ」プロジェクトスタート

「ポルタメタ」の“クラシック音楽とバーチャルアーティストを掛け合わせる”というコンセプトは、近年クラシック音楽界が直面している様々な問題の中から生まれました。

例えば、クラシック音楽を聴く人の減少や、新規顧客開拓の停滞、そして各種最新技術との組み合わせる等の事例はほとんどありませんでした。

小池さん:自身がヴァイオリンを弾くこともあり、クラシック音楽関係者やコンサートホールの方々など、周囲にはしっかりと楽器に向き合っている人たちが多く、周りとの会話のなかで様々な問題があることは感じていました。自分たちが「それを解決しよう」というのはおこがましいかもしれませんが、業界のために少しでも何かしたいと思ったんです。

そこで小池さんは、演奏者にバーチャルアーティストというキャラクターを与えることで、新たなマーケットの創出と、演奏者の自己表現につながるのではないかとの考えに至りました。

世界初となる、リアルタイム運指反映システム

プロジェクトのコンセプトがある程度決まった段階で、東京交響楽団に話を持ちかけることとなりました。これは2020年からドワンゴが東京交響楽団と一緒に「ニコ響」という企画を進めてきた関係性によるものであります。

高橋さん:まだプロジェクトの初期段階でしたが、東京交響楽団と一緒に取り組めるということで、プロジェクトメンバーも一層気持ちが高まりました。正指揮者である原田慶太楼さんには「面白そうな企画ですね」とおっしゃっていただき、結果、東京交響楽団の協力を得られる運びとなりました。


東京交響楽団の正指揮者である原田慶太楼さん ©T.Tairadate/MUZA

東京交響楽団の正指揮者である原田慶太楼さん
©T.Tairadate/MUZA

しかし、東京交響楽団の特別監修が決まったものの、技術的な課題に直面しました。
「ポルタメタ」プロジェクトの実現には、バーチャルアーティストとプロオーケストラが物理的には異なる場所で生演奏を行いながら、オフラインの会場で完全に同期されたアンサンブル(合奏)を披露することが必須なため、演奏技術と表現力の両面で違和感のない完璧なパフォーマンスをリアルタイムに再現する必要があります。その実現のために欠かせない“バーチャルアーティストの顔の表情や指先含む全身の挙動をリアルタイムで反映する”技術「リアルタイム運指反映システム」の開発には、当初かなりの苦労を要しました。

様々な技術的検証の後、リアルタイム運指反映システムは、①モーションキャプチャー、②カメラで撮った空間の位置情報、③ピアノの音から出るMIDI信号、この3つの技術を組み合わせてシステムを動作させることとなりました。
これにより、バーチャルピアニストが指を動かす際、ピアノに指がめり込むことなくスムーズに動いているように見えるのです。また音の遅延もほぼなく、リアルタイムでコンサートホールの観客にピアノの音色を届けることができます。


「潤音ノクト」お披露目記者会見においても詳細な説明があった運指技術

「潤音ノクト」お披露目記者会見においても詳細な説明があった運指技術

高橋さん:モーションキャプチャーや空間位置情報、そしてMIDI信号を駆使してスムーズな動きを再現するのは非常に難度が高いんです。技術がしっかりしていると自然に見えるため、その難しさが伝わりにくいのですが、かなり衝撃的で高度な技術だと思います。

ピアノの周りにやぐらを設置し、20~30台ほどのカメラを設置。そのカメラでピアノの位置を確認しながら、全身にマーカーをつけた演奏者の動きをモーションキャプチャーで正確に捉えます。約60名の技術系スタッフが関わって、リアルタイム運指反映システムが運用されているのです。

実は、この3つの技術を同時に使っているシステムは世界初。このシステムによって、演奏技術と表現力において、違和感のないパフォーマンスを再現することが可能になりました。


リアルタイム運指反映システム カメラで捉えた各種データをリアルタイムで配信している。

リアルタイム運指反映システム
カメラで捉えた各種データをリアルタイムで配信している。

満場一致で決定! 「潤音ノクト」誕生秘話

「ポルタメタ」プロジェクトでは、バーチャルピアニストとして活動する演奏者(いわゆる「中の人」)を選出するための第1弾オーディションを2023年秋に行い、30名ほどの応募がありました。

第一次審査は課題曲の演奏動画での審査とし、東京交響楽団・正指揮者の原田さんとプロピアニスト数名で審査を行いました。その後、合格した6名が対面で演奏する第二次審査へと進みました。

小池さん:音楽事務所から腕の確かなピアニストを推薦してもらうこともできましたが、本プロジェクトのコンセプトのひとつでもある「演奏技術はあるが様々な事情でチャンスを逃してしまった方々をサポートしたい」という想いから、オーディション形式にしました。

オーディションには、年齢や性別、経歴も様々で、学生から主婦、海外在住者など幅広い方々が集まりました。
そんな中、「潤音ノクト」を選んだ理由は――

高橋さん:演奏が終わった瞬間に満場一致で「この人だ!」となりました。私はクラシック音楽に精通しているわけではありませんが、そんな私でもわかるほどの実力でした。これまでの経歴などは一切関係なく、彼の演奏から音楽の世界観がしっかり伝わってきたということが大きかったです。
小池さん:実際に演奏を聞いて感じたのは、表現力の素晴らしさです。この実力があれば、音楽で勝負できるという印象がありました。

実はオーディション時点では、女性キャラクターの3Dモデルを使用する方向で考えていました。ボイスチェンジャーでバーチャルアーティストの性別を変えて、外見と中身を合わせないという選択肢もありましたが、ピアノを弾く姿や会話を通して、この演奏者には男性キャラクターが似合うと感じ、一から作り直すことにしました。すでに女性キャラクターの3Dモデルを3分の1ほど制作していましたが、決断に迷いはありませんでした。

小池さん:クラシック音楽はヨーロッパが本場ということもあり、世界的に受け入れられるキャラクターを作ろうと考えました。現在のバーチャルアーティストは視聴者に親しみやすいキャラクターが多いのですが、今回は人間らしさを大切にしたキャラクターを目指しました。ピアノを弾く時に映えるような人物像にしたかったのです。

世界初のバーチャルピアニスト「潤音ノクト」の誕生です。


©portameta Project

©portameta Project

さらなる挑戦を続けていく「ポルタメタ」プロジェクト

前例がないことへの挑戦は、成功するかどうかのイメージがつきにくいものです。「ポルタメタ」プロジェクトも世界的にも例がないということもあり、目標が定めにくく、手探りで進めていきました。

高橋さん:KADOKAWAグループは、常に新しいことに挑戦しています。これまでも「超歌舞伎」をはじめ、伝統文化とテクノロジーを融合させるようなプロジェクトを数多く手掛けてきましたが、今回は特に難しかったです。

それでも、クラシック音楽業界が抱える課題を少しでも解決したいというメンバーの気持ちがプロジェクトを進行させ、「潤音ノクト」を無事にデビューさせることができました。

2025年春には、日本と中国の文化交流に貢献した著名なアーティストや文化人、団体を、微博(ウェイボー)が独自の視点で選ぶ「2025微博文化交流ナイト」において、「潤音ノクト」が「次世代バーチャルテクノロジー賞」を受賞するという快挙を成し遂げています。

また現在は、「潤音ノクト」に続く第2弾、第3弾のバーチャルアーティストの誕生など、続々と新たな企画が進行中です。


第2弾バーチャルアーティスト・ピアニスト「八十八カノン(やそはかのん)」

第2弾バーチャルアーティスト・ピアニスト「八十八カノン(やそはかのん)」

小池さん:今後の展望として、バーチャルアーティストを増やし、様々な楽器の演奏者が活躍する場を作ることを目指します。さらに日本のコンテンツを海外に輸出するという意味でも、「潤音ノクト」の海外進出も検討しています。このプロジェクトを通じて、楽器演奏がもっと楽しいものとして広まるといいですね。

クラシック音楽の世界に新たな風を吹き込んだ、「ポルタメタ」プロジェクト。その挑戦はこれからも続いていきます――

※本記事は、2025年5月時点の情報を基に作成しています



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