5人から1,000人体制へ。ハルヒの大ヒット、9社合併――アニメ事業20年の軌跡と「成長の転換点」
世界的なアニメ人気の高まりやデジタル配信市場の拡大も追い風に、日本のアニメ市場は長期的な成長トレンドを続けています。2024年は史上最高値の3兆8,407億円を記録。増加額も過去最高を更新しました。なかでも海外市場の伸びはさらに顕著で、前年比126%の2兆1,702億円へ到達しています。
※参照:一般社団法人日本動画協会「アニメ産業レポート2025」
https://aja.gr.jp/jigyou/chousa/sangyo_toukei
一般社団法人日本動画協会「アニメ産業レポート2025」を基に当社作成
KADOKAWAのアニメ事業も、市場の拡大とともに着実に成長し、5年間で売上が約2倍に拡大。グループ全体で年間6,000点以上のIPを新規創出している強みも活かして、年間約60作品(少額出資含む)ものアニメ企画・製作を手掛けています。
KADOKAWAのアニメ事業の成長推移
そしてアニメ事業の収益性や生産性をさらに高めるべく、ライセンス管理を担うグローバルライツ局が2023年に、制作スタジオを統括するスタジオ事業局が2025年にそれぞれ新設されました。
執行役として各局を管掌する、Chief Anime Officer(CAO)の工藤大丈さんと、Chief Studio Officer(CSO)の菊池剛さんに、KADOKAWAグループのアニメ事業の成長の歩みや今後の展望について話を聞きました。本記事は前後編でお届けします。前編では、市場の変化とともにアニメ事業が拡大していった当時の状況や、グループ戦略の独自性に迫ります。
※本記事は、KADOKAWA統合報告書2025の特集(グローバル・メディアミックス戦略の中核を担うアニメ事業)として菊池さんと工藤さんとの対談形式で掲載した内容(取材は2025年7月)を、特集に未収録のトピックや最新の情報などを追加して、再構成したものです。
ハルヒの大ヒットに9社合併——KADOKAWAアニメの転換点
執⾏役 CSO兼 スタジオ事業局局⻑の菊池剛さんは、東北新社でTVCM制作を手がけたのち、2004年に角川書店に入社してアニメ事業に従事。数多くのアニメ、実写、ゲーム、イベントなど総合的なメディアミックス事業を担当しました。2023年にKADOKAWA 執行役 Chief Anime Officer(CAO)に就任し、2024年には角川大映スタジオ代表取締役に就任。2025年4月から現職で、制作スタジオを統括しています(社名は当時のもの)。
菊池さん:近年のアニメ市場の規模拡大とともに、KADOKAWAグループのアニメ事業は急成長をとげています。私が入社した2004年当時の「アニメコミック事業部」は総勢5人程度の組織でしたが、今では関連部門を合わせると約1,000人がアニメに携わっており、隔世の感があります。当時のアニメコミック事業部は、アニメ単体でのリク―プ(投資回収)よりも、アニメ化によるコミックの販促強化といった相乗効果を強く意識しており、トータルで売上を伸ばすことが重視されていました。
アニメ事業においてエポックメイキングな作品の1つが、2006年に大ヒットした『涼宮ハルヒの憂鬱』です。初めて千葉テレビなど独立放送局での放送を選択した中で異例のヒットを記録し、業界をリードするアニメとなりました。キー局に依存しないスキームでアニメ化に成功した事例として、その後のトレンドにも大きな影響を与えました。翌2007年の『らき☆すた』と併せ、京都アニメーションさんの躍進の契機にもなった記念碑的な作品だと思います。
©2007,2008,2009 谷川流・いとうのいぢ/SOS団
『らき☆すた』は、舞台の埼玉県の鷺宮神社を訪れるファンが急増して「聖地巡礼」現象の元祖にもなった作品で、「ご当地アニメ」のマーケティング手法が発達していく出発点でもありましたね。
個人的に印象的なのは、当時幼い娘と出かけた地域の盆踊りで目撃した、「ハレ晴レユカイ」(『ハルヒ』のエンディングテーマ)が流れて会場が盛り上がる光景です。かつては「一部のオタクのもの」と線引きされていたアニメが、ここまで市民権を得るようになったのかと、感慨もひとしおでした。
アニソンやボカロ曲に合わせて自ら踊る動画を投稿する
「踊ってみた」ブームの火付け役となった「ハレ晴レユカイ」。
アニメの枠を超えネットカルチャーを象徴する社会現象を巻き起こした。
執行役 CAO兼 グローバルライツ局局長の工藤 大丈さんは、1997年に角川書店入社。2007年から富士見書房ファンタジア文庫編集部編集長を務め、2013年角川書店第四編集部部長としてアニメ事業を推進。2021年KADOKAWAアニメ事業局局長、2024年KADOKAWA営業宣伝グループ担当執行役員兼 グローバルライツ局局長を経て、2025年4月より現職。出版畑出身のキャリアを活かしつつ、アニメ事業の成長を推進してきました(社名は当時のもの)。
工藤さん:私は2013年に、コミック担当の予定で富士見書房から異動しましたが、その後アニメ事業の強化を担当することになりました。連結子会社9社の吸収合併があったこの年も、KADOKAWAのアニメ事業の大きな転換期です。この時期のアニメ部門は、メディアファクトリーとも一緒になったことで、およそ100人規模まで倍増し、事業を大きく拡張してアニメ単独の採算性を追求していくようになるフェーズでした。ビデオグラム(映像ソフト)市場から当時勃興してきた配信市場への移行が進み、他社との競争も激化していく難しい時期で、アニメ『艦隊これくしょん -艦これ-』のヒット(2015年)で軌道に乗るまで、試行錯誤が続きました。
グローバル配信市場が主戦場。多様性とエピソード数が強みに
工藤さん:その後、アニメ産業がグローバルに拡大していく中で、産業構造も変化していきます。2010年代半ば以降、米国のNetflixやAmazon、アニメ専門のCrunchyrollなど海外の大手配信プラットフォーマーの台頭により、世界中でタイムラグなく日本のアニメ作品が流通する環境が整備されていきました。海外のアニメ映像やグッズ販売の急進を背景に、停滞期にあった日本のアニメ産業は再び拡大に転じ、10年間で市場規模は2倍以上になりました。
海外の消費者に高く評価されたのが、日本アニメの独特のストーリー性や表現手法。現在のグローバル市場でも作品の多様性を重視する傾向はさらに強まっており、それは豊富なIP創出を中核に据えるKADOKAWAグループの戦略とも合致します。
グローバル規模で配信が主流になっていく過程で、従来のような「DVDなどの映像ソフトが売れることに賭ける」といったビジネスモデルも転換期を迎えていました。
9社合併後の新生KADOKAWAがアニメ事業を推進するにあたり、品質やジャンルを限定し作品を絞り込むか、映像制作をするスタジオと一緒に成長するために、バラエティに富んだ作品群に挑戦するか、という2つの選択肢を検討しました。結局、後者の路線を選んだのですが、これによってアニメスタジオが潤い、若い人材も豊富な経験を積めるという好循環を導けたのは幸いでした。もちろん作品の質にも十分に配慮しています。
菊池さん:メガヒットだけにこだわらず、スマッシュヒットを積み重ねて、作品の多様性と量を確保する「面の戦略」は、KADOKAWAの戦略における特徴のひとつです。私はスタジオの制作能力において、作品数だけでなくエピソード数(話数)も、指標として重視しています。現在のように配信プラットフォームが世界中に浸透した状況では、作品に関心を抱いたユーザーが、過去のエピソードをさかのぼったり、新作エピソードを追ったりするのが容易になっているので、制作できるエピソードの総量は収益に直結します。
工藤さん:「作品のボリューム」という尺度は、IPのLTV(Life Time Value)最大化というテーマにもつながります。「ユーザーが何歳になってもアニメを楽しめる環境」をつくることが、ますます大切になってきたと感じます。
私自身の経験でも、かつて自分が製作に関わった『ヘタリア World Stars』を配信で視聴した娘に、「お父さん、『ヘタリア』作っていたんだ」と驚かれたことがありました。時代を超えて愛される作品を通して、世代をつなぐ会話が生まれた例ですね。
アニメを起点としたグローバル・メディアミックス展開
隆盛を迎えるアニメ産業では、製作本数の増加に伴う原作IPの争奪戦という状況も起きています。ライトノベルやコミックといった豊富な自社IPを保持するKADOKAWAグループの強みは、ここでも発揮されます。
そしてグローバル・メディアミックスを通じIPのLTVを最大化するKADOKAWAグループの基本戦略において、アニメはIPの収益規模を大きく拡大させる起爆剤となっています。アニメのヒットに連動して原作書籍やグッズの需要が増すため、長期的に収益を拡大させる非常に重要な役割を担っています。
アニメIPを起点にグローバル・メディアミックスを展開
工藤さん:自社IPからのアニメ化は引き続き、ライトノベルやコミックを原作とするものが中心です。『ソードアート・オンライン』『この素晴らしい世界に祝福を!』『オーバーロード』などの大ヒット作を通じて、世界的な「異世界」ムーブメントを牽引してきました。昨今では他社の追随も激しいため、中年男性が主人公の『異世界おじさん』『佐々木とピーちゃん』のように、設定にひねりを加えるなどして差別化をはかっています。女性読者が多い「悪役令嬢」もの、アジア市場で好評なBL(ボーイズラブ)や少年向けバトルアクションなど、多様性に目配りしたバランスのよいラインナップを意識しています。また、ボラティリティ抑制のため、人気シリーズの続編が年度ごとに切れ目なく登場するのを基本戦略としています。
社内では、ライトノベルやコミックの編集者とアニメプロデューサーとの情報共有や意見交換も、頻繁に行われています。これもまた、多様な事業領域を持ちグループ内でメディアミックスを完結できるKADOKAWAのメリットですね。
©2026 暁なつめ・三嶋くろね/KADOKAWA/このすば製作委員会
©丸⼭くがね・KADOKAWA刊/劇場版「オーバーロード」聖王国編製作委員会
菊池さん:現在のアニメのグローバル市場は、大手の配信プラットフォーマーが大きい影響力を発揮していますが、IPホルダーは戦略性をより高めることで、配信プラットフォーマーへの依存を緩和していく余地があります。たとえば国・地域ごとにきめ細かいローカライズを行い、自立したコンテンツ展開をするといった、自身の強みを生かした積極的なマーケティングが重要になってくると思います。特にKADOKAWAの場合、6,000点を超える豊富なIPの中から吟味できるという、大きなアドバンテージがあるはずです。
海外で「KADOKAWA」と社名を名乗って反応が鈍くても、『Re:ゼロから始める異世界生活』や『ダンジョン飯』といったヒット作の名を挙げれば、瞬時に話が通じます。作品が会社の名刺代わりになる。やはりIPの力が私たちの強みの本質なのです。
©長月達平・株式会社KADOKAWA刊/Re:ゼロから始める異世界生活4製作委員会
©九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会
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※本記事は、2026年3月時点の情報を基に作成しています