100年を紡ぐ美術の手仕事と次世代技術の融合。角川大映スタジオが挑む、伝統の継承と働きやすさの追求
映画やドラマ、ミュージックビデオ、CM。私たちは日々、数多くの映像作品を目にしています。実は、これらの制作を支える“最前線”が東京都調布市にあるのをご存知でしょうか?
新宿駅から電車で20分。京王多摩川駅前の心地よい街並みを抜けると、突如、2体の「大魔神」が姿を現します。巨像に睨まれながら一歩足を踏み入れれば、そこに広がるのは約3800坪の広大な敷地——角川大映スタジオです。
映像作品の企画・制作をするプロダクション、制作に欠かせない背景などの美術製作、映像を編集して仕上げるポストプロダクション、そして大型スタジオなどのレンタルサービス。主に4つの事業を展開するこのスタジオは、日本の映像制作を約1世紀にもわたり支え続けてきました。自社美術部を抱えるこのスタジオには高い技術力が脈々と受け継がれ、また2024年4月にはバーチャルプロダクションを新たに導入している国内唯一のスタジオです。
伝統と最先端が融合する角川大映スタジオとは、一体どのようなところなのでしょうか?
スタジオセンター担当取締役の小林壯右さんに、スタジオの過去と現在、そして目指すべき未来の姿について聞きました。
調布で紡がれてきた映画の歴史
角川大映スタジオの歴史は古く、1933年に日本映画という映画会社の多摩川スタジオとして建設されたのが始まりです。当時、場所の選定を任された東活映画社の本多嘉一郎氏は、多摩川の清らかな流れと豊かな田園が揃ったこの地に出会った際、「水澄み、時代劇、現代劇に最適なり」と社内に向けて電報を打ったとされています。
このメッセージの背景にあったとされるのが、日本映画の父と呼ばれた牧野省三氏がたびたび口にしていた「一スジ、二ヌケ、三ドウサ」という言葉です。スタジオセンター担当取締役の小林さんは、その言葉の真意を次のように紐解きます。
「映画にとってなによりも大事なのは脚本で、その次に映像の奥行き、さらにその次に役者の演技が続くという意味です。本多さんの電報は二番目のヌケに関係しています。当時、映像の美しさを左右していたのは、ロケーションと現像技術でした。特に、撮影したフィルムを美しく現像するには良質で豊富な水が欠かせず、角川大映スタジオが多摩川の豊かな水資源に恵まれた調布の地に根付いたことも、高品質な映像づくりを支える大きな要素でした。 わざわざこの点を強調したのはそのためです」
株式会社角川大映スタジオ スタジオセンター担当取締役 小林壯右さん
テレビ制作会社を経て、2001年のちの角川大映スタジオとなる大映株式会社に入社。
施設運営から最新設備の導入に至るまでスタジオビジネスを牽引する。
1945年に大映の東京撮影所となった後は、1950年代に訪れた日本映画界の黄金期を支え、東京と京都を併せて年間でなんと50本もの作品を制作していたといいます。当時スタジオは、監督や役者、カメラマン、美術スタッフ、照明技師など、映画作りに欠かせないあらゆる人材を抱え、周囲には社員寮もありました。映画人が集う調布の地は、かつて「大映村」と呼ばれるほど活気に満ちていたのです。
その後は組織体制の変化に伴い、「大映映画撮影所」(1977年)、「大映スタジオ」(1983年)など何度か社名を変更。2002年には角川グループの一員となりました。現在の角川大映スタジオの名でスタートしたのは2013年のことです。
黒澤明監督の『静かなる決闘』(1949年)や『大怪獣ガメラ』(1965年)から始まったガメラシリーズ、周防正行監督の『Shall we ダンス?』(1996年)、市川崑監督の『犬神家の一族』(1976年)など、昭和と平成を彩る数々の名作が生まれたのもこのスタジオ。令和を迎えてからも、『カラオケ行こ!』(2024年)や『六人の嘘つきな大学生』(2024年)、『山田くんとLv999の恋をする』(2025年)などの話題作が撮影されています。
※社名や組織名、スタジオ名はすべて当時のものです。
業界内から絶大な信頼を得る、国内唯一の「自社美術」
約3800坪の敷地面積を誇る角川大映スタジオは現在、大型スタジオを中心に305坪〜18坪の9つのスタジオを保有しています。
映画だけでなく、ドラマ、ミュージックビデオ、CMと多彩なジャンルの撮影に対応していて、大きな話題を呼んだNetflixシリーズ『極悪女王』の撮影にも使われました。近年ではCM撮影で使用されるケースが多くなっています。
「私たちの最大の強みは自社で美術部門を持っている点です。スタジオとしては稀有な体制で、業界内でも高く評価いただいています」と小林さんは説明します。
「私たちは開所以来、撮影時に美術セットを組むスタッフを自社で抱えてきました。映画の黄金期を支えてきた技術力が今の時代のスタッフにもきちんと継承されていて、なおかつ社内組織のため意思疎通が取りやすい。品質や納期の面では自信があります。実際、『角川大映スタジオの美術だったら任せられる』とデザイナーの方々からの信頼は厚いです。大変ありがたいことに、全スタジオの年間稼働率は常に高い水準を維持しています」
美術作業場(大道具)の様子
そんな歴史ある技術を受け継ぎ、現在は入社7年目で美術部の「親方(チームリーダー)」として活躍するのが大道具の大久保実咲さんです。お話を聞くと、自らの仕事に誇りを持っている様子が伺えました。
「木を切る、組む。塗る。どのプロセスにおいても妥協は絶対にしません。急な現場対応にも慌てることがないよう技術力は日々磨いています。現在の美術部は20代の若手が半分ほどを占めており、分からないところは先輩方が丁寧に教えてくれるのでとても働きやすい環境です。女性スタッフも増えていて、力仕事は男性がサポートしてくれるなど、誰もが活躍しやすい職場になっています。
達成感を覚える瞬間は、やっぱり自分が担当した映画を実際にスクリーンで観たときでしょうか。苦労して仕上げた美術がきれいに映っていると、『この作品をきちんと支えているんだ』と嬉しくなります」
株式会社角川大映スタジオ 美術2部 美術製作1課 大久保実咲さん
2020年入社。数々の映画やCMのセットを手がける大道具として活躍する。
最先端スタジオ「C∞/シー・インフィニティ」の大きな可能性
こうした伝統ある美術部門の技術力に加え、スタジオの新たな武器となりつつあるのが2024年4月に新設されたバーチャルプロダクションスタジオ「C∞/シー・インフィニティ」です。
バーチャルプロダクション(VP)とは、簡単に説明すると、リアルな美術セットと高精細な3DCG背景をスタジオ内で融合させ、あたかもその場所にいるかのような映像をリアルタイムで撮影する技術のことです。例えば、巨大なLEDディスプレイの前に実物の美術セットを組んで演者が演技します。その際、背景映像として満開の桜の木を設定すれば、まるで桜の木に囲まれながら撮影しているかのような映像を撮影することができます。最近ではハリウッド映画や海外ドラマなどで使用されるケースが増えており、日本国内でも徐々に活用が増加しています。
導入されているソニー製のLEDディスプレイ「VERONA(ベローナ)」は横15m、高さ5mの特大サイズで、ここまで大きなソニー製のディスプレイが設置されているのは国内で角川大映スタジオだけ。黒の表現が非常に美しく、撮影監督からも高い評価を得ています。
では、VPを導入するメリットはどこにあるのでしょうか?
「一番大きなポイントは、スタッフや演者が完成形の映像をその場で確認しながら、撮影を進められることです。特に、リアルな背景を映しながら撮影を実施できるため、演者は格段に演技をしやすくなります。現在の主流であるブルーバックやグリーンバックの背景を使った撮影では、ここに限界がありました。
もちろん、撮影の自由度も上がります。特に相性が良いのは自動車の撮影です。公道での撮影は法律や契約の制約が多く、通常の牽引車を使った撮影ではカメラワークに制限が出てしまう。VPを使えば、自由な視点で撮影ができる上、車体のガラスやボディに森や街並みなどの背景映像がリアルに映り込むため、後からCGで合成する膨大な手間とコストを削減できます」(小林さん)
そして角川大映スタジオの真骨頂は、この最先端のVPと自社美術の融合にあります。「どこまでをバーチャルにし、どこからをリアルで作るか」を提案できるノウハウこそが、表現の限界を広げる鍵となります。その上で、ディスプレイに映し出された背景の光や色味に合わせて手前の美術セットを即座に馴染ませ、境界線にガレキや植物を配して違和感を消し去る技術は、自社美術部を抱える同社だからこそなせる業であり、唯一無二の没入感とクオリティを生み出しているのです。
2025年前期にNHKで放送された連続テレビ小説『あんぱん』は、その好例の一つです。同作に登場する焼野原のシーンでは、リアルセットとVPを巧みに馴染ませることで、まるでロケーション撮影をしたかのような映像を作ることに成功しました。
ソニーグループと共同で開催したイベント「Virtual Production Boost 2025」では、撮影時のセットを一部再現し、NHKの制作スタッフがその裏側を語るワークショップを実施。この試みは参加者からも非常に高評価を得られ、VPの実力と可能性を業界に広く知らしめる結果となりました。
カメラワークに応じて背景とリアルセットが自然に馴染む
In-Camera VFXの表現が紹介された。
「クリエイティビティ」と「働きやすさ」の両立
実は、こうしたVPの導入は、クリエイティブの質を上げるだけでなく、スタッフの「働きやすさ」にも直結しています。屋外のロケーション撮影に出向くことなくスタジオ内でリアルな映像撮影が完結するため、遠方への移動や、それに伴う深夜・早朝の労働が発生しにくくなるのです。
映像制作の現場では、常に最新のクリエイティビティが求められる一方、「昼夜を問わないハードワーク」のイメージがいまだに根強く残っています。しかし全従業員約200名のうち約4割が美術スタッフで構成されている角川大映スタジオでは、ワークライフバランスの実現にも本気で取り組んでいます。
まず、基本的な勤務時間は9時から17時まで(うち昼休憩1時間)です。1日の所定労働時間が7時間と、一般的な企業よりも1時間短く設定されているのが特徴です。肉体労働を伴う美術現場では、1時間の昼休憩に加えて午前20分、午後30分の休憩時間を必ず確保し、作業場には空調を完備しています。
慢性的な長時間労働を防ぐ仕組みも徹底しています。規定の労働時間を超えたスタッフには上司によるケアが入り、必要に応じて休暇の取得を促すなど、組織全体で健康管理に努めています。
こうした取り組みを含めた働く環境の改善が評価され、2025年には申請企業のわずか4%しか選ばれない「健康経営優良法人(金の認定)」の認定に至りました。
さらに、スタッフの健康と活力源を支えているのが敷地内の食堂「キッチンカフェ GAMERA」です。福利厚生により、従業員は1食200円台から味わえるほか、季節企画も好評で、現場で働くスタッフの心と体を温めています。
妥協のないクリエイティブを追求しながら、スタッフが健やかに働ける環境も守り抜く。角川大映スタジオは、労働環境においても業界をリードしているのです。
次世代のクリエイターへ向けて
長い歴史の中で培われた自社スタッフによる美術製作の職人技と、無限の可能性を秘めた「バーチャルプロダクション」の最新技術。これらのシナジーの実現に向けて、角川大映スタジオは一体どのような未来を目指しているのでしょうか?
「最終的には、バーチャルプロダクションに対応できる自社デザイナーを抱えたいです。背景の3DCGを作る『バーチャル美術部』のような組織を社内に置き、彼らが作ったCGを元に、リアルの美術部へバトンを渡していく。その上で、どこをCGで表現し、どこをリアルなセットで表現するかといったクリエイティブな議論を両者で突き詰めていける体制こそが、私たちが理想とする完成形なのだろうと思っています」(小林さん)
最後に小林さんは、これから映像業界を目指す方たちにこうメッセージを送ります。
「リアルとデジタル、どちらの技術も高めたいという人がこの業界を変えるのではないでしょうか。伝統的な方法と次世代技術の組み合わせが思わぬ可能性を生み出す時代です。映像業界はその最たる領域。業界の未来を創りたいという人はぜひ飛び込んでほしいですね」
作り手が健やかであるからこそ、100年先も愛される作品が生まれる。KADOKAWAが創る作品の裏側には、働く人の環境づくりに対する本気の姿勢がありました。
先人たちから映画づくりの哲学を受け継ぎながらも、未来の映像表現へと果敢に挑戦を続ける角川大映スタジオ。この場所から、私たちの想像を超える新たなエンターテインメントが生み出される日も、そう遠くないのかもしれません。
※本記事は、2026年9月時点の情報を基に作成しています