「日本のコンテンツ産業のハブになる」 KADOKAWAのグローバル担当が描く世界戦略
近年、アニメやマンガなど日本コンテンツの人気が世界的に年々高まっており、2023年にはコンテンツ産業の海外売上が約5.8兆円と、半導体産業や鉄鋼産業の輸出額を超えて自動車産業に次ぐ規模まで成長(※)。『ダンジョン飯』や『光が死んだ夏』などKADOKAWAの作品も海外で高い人気を誇っています。
KADOKAWAは、こうした海外市場の成長を早くから見据え、積極的に海外展開を進めてきました。2025年3月期の海外売上高は連結全体で600億円に達しています。

この拡大する海外事業の中で、主に出版・IP創出領域を牽引するのが、Chief Global Officer(CGO)の泉水敬さんです。日本マイクロソフトでXbox事業の統括を務めた後、ゲーム開発会社マーベラスの代表取締役副社長を経て、2019年からKADOKAWAに参画し海外展開を推し進めています。
KADOKAWAの出版・IP創出事業のグローバル戦略にはどのような特徴があり、どのような未来を描いているのか。海外事業統括部門のトップを務める泉水さんにお話を聞きました。
※経済産業省「エンタメ・クリエイティブ産業戦略~コンテンツ産業の海外売上高 20 兆円に向けた5ヵ年アクションプラン~」参照
圧倒的な海外拠点数が、グローバル・メディアミックスを加速させる
——KADOKAWAが推し進めるグローバル戦略の特徴を教えてください。
泉水さん:KADOKAWAグループは「グローバル・メディアミックス with Technology」を基本戦略として掲げ、書籍、アニメ、実写映像、ゲームなどを通じて多彩なIP(知的財産)を創出し、テクノロジーを活用して世界に広く展開しています。
出版で生み出した作品を、アニメや映画などの映像コンテンツへ、さらにゲームやグッズなどの商品化まで展開する。この多角的なメディアミックス展開力こそが、KADOKAWAの最大の強みです。
KADOKAWAは、このメディアミックス戦略をグローバルで展開すべく、業界に先駆けて北米・中華圏・東南アジア圏を中心に、海外拠点の事業基盤の強化や拡大を推進してきました。
積極的な海外進出の結果、2025年3月期の出版・IP創出事業の海外売上高は250億円を超え、2020年3月期の87億円から5年間で大きく伸長しました。また、同事業内の海外売上比率も7.4%から16.5%へ上昇。海外での刊行点数も3,023点から3,905点まで増えました。

——KADOKAWAの海外展開は1999年の台湾進出から始まっています。これまでの歩みについて教えてください。
泉水さん:当社の海外展開において、第1フェーズにあたるのが1999〜2014年です。翻訳出版事業の基盤作りのため、1999年に台湾、2010年に中国に拠点を設立しました。台湾は日本文化への親和性が高く、親日家も多くいます。日本のコンテンツを展開しやすいマーケットとして最初の進出先に選びました。
これを足がかりに、東南アジアや北米にも拠点を広げた2015〜2020年が、第2フェーズです。2015年にはマレーシア、2016年にはアメリカとタイに進出。アニメの海外展開や海外向け総合電子書籍ストア「BOOK☆WALKER Global」の展開も始めました。
そして、これまで進出していなかった地域にも積極的に展開を始めた、2021年から現在までが第3フェーズです。2021年には欧米でライトノベルやマンガを展開するJ-Novel Club(現M12 Media)を連結子会社化。2024年には初の欧州拠点として、大手出版系エンターテインメント・グループMédia-Participations傘下の大手コミック出版社Dupuisとの合弁会社をフランスに設立しました。同年に韓国のBY4Mと、インドネシアのGramediaとそれぞれ合弁会社を設立。2025年にはイタリアの大手マンガ出版社Edizioniを子会社化しました。現時点で出版事業を行う主要な海外法人は17社あります(2025年8月末現在)。

——ここまで海外拠点が多い国内出版社は他にないのでは?
泉水さん:国内出版社としては最多です。私たちKADOKAWAは、現地の読者やファンの皆さんと直接の接点を持ちながら、より良いコンテンツを届けたいと考えています。そのためには世界各地に独自拠点を持ち、現地に根差したコンテンツメーカーにならなければなりません。
海外拠点の設立にあたっては印刷や流通などの事情から、現地の出版社を買収するか、出版社とのジョイントベンチャーを設立するケースが多く、正直なところパートナーを探し、交渉するのは簡単ではありません。KADOKAWAにはそのハードルを越えるだけの熱意とノウハウがある。だからこそ広範な海外法人ネットワークを築けているのです。
リアルとデジタルでIPを世界中に届ける
——海外拠点では具体的にどのような事業を展開しているのでしょう?
泉水さん:私が担当している海外事業グループは、先述の海外拠点が中心となって展開している出版、MD(グッズ)、EC、実店舗の展開、グローバル電子流通事業を担っています。アニメやゲーム、ライツ事業を担う部署と相互に連携しながら海外事業全体の成長を支えています。
海外出版事業では、日本作品の翻訳出版に加え、現地発のオリジナルIP開発にも注力しています。マレーシア発の児童書「どっちが強い!?」シリーズは、日本をはじめ各国で人気を博している代表例です。2024年には海外作家の発掘を目的として、セリフなしの漫画作品を世界中から募集する「ワードレス漫画コンテスト」を開催し、世界104の国と地域から、1,126件もの作品が寄せられました。
※「ワードレス漫画コンテスト」に関するインタビュー記事はこちら

マレーシア発の児童書「どっちが強い!?」シリーズ
電子書籍事業では、英語圏向けの電子書籍サービス「BOOK☆WALKER Global」、繁体字圏向けの「台湾BOOK☆WALKER」、タイ語の「BOOK☆WALKER Thailand」に加え、繁体字中国語の小説連載プラットフォーム「KadoKado角角者」を運営しています。海外の出版市場全体として電子書籍の比率は低いですが、将来的には間違いなく世界でも電子書籍が普及すると見込んでいます。書店のようにスペースの制限がなく、多くの作品を読者に届けられるという点でも、電子書籍の展開は非常に有効です。
また、当社の海外子会社や他の翻訳出版社がまだ取り扱っていない作品もできるだけ多く市場に届けていきたいと考えています。2022年には総合翻訳管理センター(CLAC:Content Localization and Activation Center)を本格始動させ、KADOKAWAとしても高品質な翻訳出版を迅速に提供できる体制を構築しています。
そして近年では海外における日本コンテンツの市場が盛り上がり、参入企業が増えてきたことに加え、書店に置いていただける書籍の数は限られており、長く続いているシリーズ作品を全巻置けないという問題が出てきています。一方で海外は紙書籍がメインの市場のため、実際に手にとっていただく場を設けることが重要です。そこで、KADOKAWAグループでは書店とは別に自社での実店舗の展開にも注力しています。2023年には漫画やライトノベルなどを取り揃えた「Manga Spot」をニューヨークにオープン。直近ではアラスカにも出店し、現在7店舗まで拡大しています。タイでは「PHOENIX NEXT」という直営店を12店舗運営しています(2025年8月末現在)。
加えて積極的に取り組んでいるのがMD(グッズ)の海外展開です。KADOKAWAのMD事業局が開発する商品の海外展開だけでなく、海外拠点発の商品開発も行っており、「Manga Spot」や「PHOENIX NEXT」でも販売規模を拡大しています。「PHOENIX NEXT」では「シャム猫あずきさん」のグッズが大人気で、日本国内以上に海外で盛り上がっているIPも生まれつつあります。
グローバル展開をさらに加速させ、コンテンツ産業のハブとなる企業を目指す

——さらに、その先の展望についてはどのように考えているのでしょうか?
泉水さん:KADOKAWAは2028年3月期までに連結海外売上高700億円(海外売上比率20%)を目指していますが、そのうち出版事業の売上高は350億円を目標としています。この目標は、通過点でしかなく、長期的にはさらに伸ばしていきたい考えです。
そのために欠かせないポイントは3つ。まず既存拠点の事業領域を広げて拠点そのものを大きくします。さらに進出済みの市場でも新たな会社を立ち上げたり、ジョイントベンチャーを組んだりすることでシェア拡大を狙います。
そして、新たな市場への進出です。例えば、アジアやヨーロッパはまだまだ市場開拓の余地が大きい。中南米や中東アフリカといったまだ進出できていない市場も残されています。今後も海外拠点を積極的に増やしていきます。
——最後に、KADOKAWAの海外戦略に注目している方々に向けてメッセージをお願いします。
泉水さん:私はKADOKAWAを日本のコンテンツ産業のハブにしたい。日本の作品を世界に広める一方で、優れた海外作品も日本で積極的に展開する。そんな双方向のコンテンツ流通を促進させる仕組みを整えていきたいと考えています。
「ワードレス漫画コンテスト」はその取り組みの一つで、新しい才能を発掘する試みを始めています。今後もこうしたプロジェクトを数多く立ち上げ、海外拠点発のオリジナル作品をさらに増やしていく予定です。
コンテンツを生み出すクリエイター、作品を応援してくれるファン、そしてコンテンツビジネスに携わる企業の皆さんが、大きな喜びやメリットを感じられる。KADOKAWAは海外事業を通して、そんな総合エンターテインメント企業を目指していきます。
※本記事は、2025年9月時点の情報を基に作成しています