シリーズ累計480万部突破!5周年を迎えた人気絵本『パンどろぼう』をヒットに導いた編集戦略
2020年春に1作目が発売され、シリーズ累計480万部(2025年9月時点)を突破した大人気絵本『パンどろぼう』。現在は絵本だけでなく関連グッズの販売や、2025年8月には5周年を記念するイベントを開催、今後はアニメ化も決定しているなどIPの展開はますます広がりを見せています。
――パンどろぼうはどのように生まれ、なぜヒットしたのか。誕生から作家の柴田ケイコ先生と共に歩んできた、編集者の角田 望さん(KADOKAWA 児童・教養局 児童第一編集部 一般児童書編集部 副編集長)に話を伺いました。
“パンどろぼう”とは?
2020年刊行の1作目『パンどろぼう』(作:柴田ケイコ)をはじめとした絵本シリーズ。シュールでお茶目なキャラクターが人気を呼び、数多くの賞を受賞。2025年4月16日にはシリーズ5周年を迎えました。

<受賞歴(一部)>
『パンどろぼう』:「第11回リブロ絵本大賞」大賞、「第1回TSUTAYAえほん大賞」第1位
『パンどろぼうvsにせパンどろぼう』:「第5回未来屋えほん大賞」大賞、「第2回TSUTAYAえほん大賞」1位
『パンどろぼうとほっかほっカー』:「第16回MOE絵本屋さん大賞2023」第1位
・公式X(旧Twitter):https://x.com/pandorobou/
・公式Instagram:https://www.instagram.com/pandorobou_news/
<著者プロフィール>
柴田ケイコ
高知県生まれ。絵本作品に、『めがねこ』シリーズ(手紙社)、『しろくま』シリーズ(PHP研究所)、『パンどろぼう』シリーズ(KADOKAWA)などがある。好きなパンはチーズパンと、チョコのついたツイストパン。
・公式サイト:https://www.shibata-illust.com/
“パンどろぼう”という響きからキャラクターが誕生
――まずは角田さんのご経歴について教えてください。
角田さん:KADOKAWAで未就学児や低年齢向けの児童書を主に制作する一般児童書編集部が発足したのは2018年なのですが、私は2017年に入社して部署の立ち上げから参加しました。
私は昔から本が好きで、その魅力を多くの人に知ってほしいと思っています。元々は教師になろうかと国語の教員免許を取得したのですが、授業では一定の人数に限られた時間でしか、物語の魅力を伝えることができません。また、勉強を勉強と思ってからではできることに限りがあると感じました。「勉強という意識ではなく、時間や場所に制限されない本って楽しい」ということを伝えたいと考え、未就学児向けの本を作る仕事がしたいと考えました。
新卒の頃はベビー・子ども服のアパレル会社の出版事業で絵本を作っていましたが、もっと物語性のある絵本に挑戦したいと感じていました。
そんなタイミングで、当時KADOKAWAで新部署の立ち上げがあると聞き、“ここなら新しい挑戦ができる”と中途採用で入社し、今に至ります。
――パンどろぼうはどのように生まれたのでしょうか?
角田さん:柴田先生はお話を作るときにキャラクターデザイン、プロット、ラフ、原画の工程に分けて進めていきます。柴田先生の名刺の裏に、過去に個展で発表された”パンどろぼうの結城さん”というイラストが印刷されていたのですが、その”パンどろぼう”という響きがすごくキャッチ―に感じました。そこで、『パンどろぼう』というタイトルでぜひ絵本にしていただきたいと、まずはキャラクターデザインとプロットから進めていただきました。

パンどろぼうの結城さん
――主役となるキャラクターができるまでは、かなり大変だったのでは?
角田さん:1年くらいかかったと思います。名刺の裏に描かれていた“パンどろぼうの結城さん”はしろくまがパンをかぶっていたのですが、それだと柴田先生の既刊『おいしそうなしろくま』と動物が同じだなと。それで違う動物にしようということになったのですが、次にあがってきた茶色いくまのキャラクターデザインだとパンとの色のコントラストがつかず、現在の姿に落ち着くまでに試行錯誤しました。
キャラクターデザインとともに、物語の筋となるプロットも同時に進めていたのですが、パンをかぶっている理由にも説得力が欲しくて、何度もやりとりを重ねました。最終的に今のパンどろぼうのビジュアルとプロットが完成したときは、絶対に人気が出ると確信を持てました。

1作目の最後に2作目につながる仕掛けを
――今では累計480万部(2025年9月時点)を突破するほど親しまれているパンどろぼうの絵本ですが、ヒットのきっかけはなんだったのでしょうか。
角田さん:特別なにかきっかけがあったというわけではなく、少しずつ認知度が上がっていったと思っています。柴田先生にはパンどろぼう以前から絵本作家としての実績があり、また私自身はすでにヒットを確信していたので、絵本としてはかなりの初版部数を刷り、2020年春の発売を迎えたんです。
しかし、発売の1週間前にコロナ禍による緊急事態宣言が発令。書店も営業できない状態になってしまい、当初は「こんなに部数を刷ったのに、これはまずい……」と思いましたね。でも蓋を開けてみると緊急事態宣言によりおうち時間が増えた影響で、売れ行きは順調。絵本は書店で中身を読んで買う人が多いため、WEBで全ページを立ち読みできるようにして、インスタライブで柴田先生による読み聞かせを開催。他にもお面づくりのワークショップを企画するなど情報発信をした効果で、すぐに重版がかかる好調な出だしとなりました。
――そうなると2作目はどうするのか、プレッシャーも大きそうですね。
角田さん:1作目の最後で主人公がどろぼうを辞めてしまうため、2作目以降にどうつなげるかは最初から課題となっていました。ただ、2作目も絶対に”パンどろぼう”という名前とこのビジュアルで続けたいと考えていたので、奥付に2作目につなげるためのイラストを入れてもらうことに。どろぼうするのは辞めたけれど、2作目以降もパンどろぼうの格好をしていることが自然な動線を作りました。おかげで、2作目以降も売れ行きは順調です。
――1作目からヒットが続きましたが、その要因はなんだと思われますか?
角田さん:柴田先生から今のパンどろぼうのキャラクターデザインを受け取った時点で、パンどろぼうは絵本としてだけでなく、絵本を読まない人たちにもキャラクターとして愛されると考えていました。そこで発売前からSNSのアカウントを立ち上げてパンどろぼうのつぶやきを投稿したり、2作目の発売と同時にグッズ展開をしたりして絵本購買層以外にもパンどろぼうを届ける工夫をしました。当初は卸先やメーカーとのつながりもなかったので、自社でエコバッグ、マスキングテープ、ハンカチを作り、書店で絵本といっしょに販売しました。そうすることで売り場も広くなり、パンどろぼうを知らない人たちにも「なにか盛り上がっている!」と思っていただくことができました。
また、同じ時期にLINEスタンプを発売したのですが、これも認知度を広げるのに効果的でした。リーズナブルなので手軽に買いやすいし、送られた側も気になって調べることで認知度が広がっていきましたね。今では多くのライセンシーの皆様と組んで、グッズを展開しています。
何度も読み返したくなる工夫を散りばめる
――角田さん自身が感じるパンどろぼうの魅力を教えてください。
角田さん:まずは一度見たら忘れられないビジュアル。一般的に“かわいい”と言われるキャラクターの造形とは異なり、目が合ったら忘れられない。でも、どろぼうなのに憎めず、反省するのも可愛らしい。パンどろぼうというネーミングも最初は不思議で気になりますよね。

柴田先生が予定調和でないストーリー作りを意識されているため、いい意味で裏切られる展開が多いのも魅力のひとつです。正統派のヒーローではなく、ときに失敗する共感しやすい主人公であることが、子どもだけでなく大人にも受け入れられやすい理由だと感じています。
――『パンどろぼうとほっかほっカー』のほっかほっカーをはじめ、細かい絵の表現も素晴らしいですよね。
角田さん:絵本の中に絵を読む楽しさを盛り込むことにもこだわりました。子どもは大人が読み聞かせしているときも、絵をしっかり見ています。繰り返し読んでも発見があって楽しめる絵本にするために、絵の中にこっそり文字が隠れていたり、シリーズを通して変化しているアイテムがあったりと、たくさんの仕掛けが盛り込まれています。ぜひ何度も読んで探していただきたいです。

ファンの皆様と50年先も愛される絵本を目指す
――これまでの読者からの反響はいかがですか?
角田さん:絵本のストーリーが面白いという声はもちろん、「絵本を読んで子どもがぶどうパンを食べられるようになった」「絵本に出てくるパンを食べてみたい」といった嬉しい声もありました。そうした声を受け、『パンどろぼうのせかいいちおいしいパンレシピ』というレシピ本を出しました。多くの方が実際に作ったパンの画像をSNSに投稿してくださって、好評でした。
――今後の『パンどろぼう』の予定を教えてください。
角田さん:現在、アニメ化に向けて準備を進めています。元々絵本が好きな人たち、アニメからパンどろぼうを知る人たち、どちらにも愛されるような作品にするためにがんばっています。
2025年4月にはライセンス業務を担うグローバルライツ局内に「パンどろぼう版権管理室」という部署が新設されました。社内のさまざまな部署と連携しながら、まだパンどろぼうを知らない人たち、国内はもちろん海外の人たちにもパンどろぼうを届けるのも今の目標です。文化の違いや海賊版対策など取り組むべきことがたくさんありますが、より多くの方に安全にパンどろぼうの魅力を届けていきたいと思います。
――最後にファンの方にメッセージをお願いします。
角田さん:パンどろぼうは本当にファンの皆様の応援に支えられています。毎日エゴサーチをして、ご感想やご意見を嬉しく拝見しながら、どんな物語が喜ばれるのか、どんなグッズが求められているのか、いつも参考にしています。弊社は出版だけでなく、アニメ、ゲーム、グッズ、ライセンスなど、幅広い事業を展開しています。絵本だけにとどまらずにいろいろな方向から今後もパンどろぼうを広めていけるのが強みです。
この先何十年も愛される絵本、そしてキャラクターになるように、これからも柴田先生と丁寧に作っていきたいと思っています。

*待望の新刊『パンどろぼうとスイーツおうじ』が9月10日に発売されました。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322504001412/

※本記事は、2025年9月時点の情報を基に作成しています