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本書では、プロ野球の二軍監督とコーチ5名がプロ野球のファーム組織の日常、サクセスに至った選手の逸話、そして大谷選手、ダルビッシュ選手のNPB時代のエピソードなど、育成現場のリアルを解説しています。
プロ野球のファーム組織は、一般的に「二軍」とも呼ばれる場所であり、普段目にする一軍の選手が落ちていく場所、という負の認識を持つ人も多いと思います。
しかし実際には練習と試合をこなし、一軍で活躍する技術と体力、経験を養う選手育成の場なのです。
WBCで活躍した村上宗隆選手、岡本和真選手、そしてメジャーリーグで活躍する鈴木誠也選手も育成によって開花した存在で、そこにはファームでの育成や課題克服がありました。
福岡ソフトバンクホークス・二軍監督の小久保裕紀氏、横浜DeNAベイスターズ・ファーム監督の仁志敏久氏、東京ヤクルトスワローズ・作戦コーチの松元ユウイチ氏、北海道日本ハムファイターズ・ファーム監督の木田優夫氏、読売ジャイアンツ、広島東洋カープ・元二軍監督の内田順三氏の5人の指導者が、それぞれの経験をもとに、育てて勝つためのロジックを語っています。
【収録内容】
<1>選手が育つしくみをつくる ~二、三、四軍がひしめく場所~
福岡ソフトバンクホークス 二軍監督 小久保裕紀
<2>その人なりの花を咲かせる ~ファーム育成の現在地~
横浜DeNAベイスターズ ファーム監督 仁志敏久
<3>悔いなき1打席を ~村上宗隆も通ったファーム~
東京ヤクルトスワローズ 作戦コーチ 松元ユウイチ
<4>“こんなところ”にいたくない ~大谷翔平が駆け抜けた地で~
北海道日本ハムファイターズ ファーム監督 木田優夫
<5>バットを振ったもん勝ち ~黙々とやった鈴木誠也~
読売ジャイアンツ・広島東洋カープ 元二軍監督 内田順三
【書籍概要】
書名:結果を出す二軍の教え
解説:小久保裕紀、仁志敏久、松元ユウイチ、木田優夫、内田順三
定価:1,650円(本体1,500円+税)
判型:四六判
総ページ数:240ページ
ISBN:978-4-04-606492-9
発売日:2023年8月31日(木)
発行:株式会社KADOKAWA
KADOKAWAオフィシャルサイト 書誌詳細ページ
https://www.kadokawa.co.jp/product/322305001097/
<解説者プロフィール>
●小久保裕紀(こくぼ ひろき)
1971年生まれ。和歌山県出身。1994年に福岡ダイエーホークスに入団。読売ジャイアンツ(2004年~)、福岡ソフトバンクホークス(2007年~)。2012年に現役を引退。NPB通算成績、2041安打、打率.273、413本塁打、1304打点。1995年本塁打王、1997年打点王、ゴールデングラブ賞3回、2011年日本シリーズMVP。2013~2017年には侍ジャパン監督を務め、2020年より指導者としてホークスに復帰。2022年より二軍監督を務める。
●仁志敏久(にし としひさ)
1971年生まれ。茨城県出身。右投右打。日本生命を経て1996年に読売ジャイアンツに入団。横浜ベイスターズ(2007年~)、米独立リーグ ランカスター・バーンストーマー(2010年~)。強打の内野手として活躍し、2010年に引退。NPB通算成績、1591安打、打率.268、154本塁打。1996年新人王、ゴールデングラブ賞4回。2013~2017年侍ジャパンコーチ。2014~2019年侍ジャパンU-12監督。2021年より、横浜DeNAベイスターズファーム監督。
●松元ユウイチ(まつもと ゆういち)
1980年生まれ。ブラジル・サンパウロ州出身。左投左打。ワシントン・ルイス州立高校から1999年に東京ヤクルトスワローズに入団。当初は野球留学選手としての来日であったが、2004年に日本国籍を取得。勝負強い打撃で代打の切り札としても活躍した。2015年に引退。NPB通算成績、240安打、11本塁打、打率.263。2016年よりスワローズのファーム打撃コーチ。2020年から同一軍打撃コーチを務め、2022年からは同一軍作戦コーチを務める。
●木田優夫(きだ まさお)
1968年生まれ。東京都出身。右投右打1987年に読売ジャイアンツに入団(ドラフト1位)。オリックス・ブルーウェーブ(1998年~、2000年~)、デトロイト・タイガース(1999年~)、ロサンゼルス・ドジャース(2003年~)、シアトル・マリナーズ(2004年~)、ヤクルトスワローズ(2006年~)、日本ハムファイターズ(2010年~)、石川ミリオンスターズ(2013年~)。2015年から北海道日本ハムファイターズGM補佐。2019年から同一軍投手コーチなど。2022年から同ファーム監督。
●内田順三(うちだ じゅんぞう)
1947年生まれ。静岡県出身。左投左打。東海大一高から駒澤大学へ進み、70年にドラフト8位でヤクルトへ入団。日ハムを経て、77年に広島へ移り、代打の切り札として活躍。82年の引退と同時にコーチに就任。以後、広島と巨人で交互に打撃コーチ、二軍監督などを務める。広島では正田耕三、金本知憲ら、巨人では松井秀喜や高橋由伸、阿部慎之助らの育成に携わった。2019年をもって、巨人コーチを勇退。2020年にはJR 東日本の外部コーチを務めた。