菅江真澄(すがえますみ/1754-1829)は、江戸時代後期を生きた旅人です。故郷の三河で国学と本草学を学んだのち、東北地方北部や北海道南部をくまなく歩き、それぞれの土地の記録を日記や地誌、和歌や図絵に残しました。
このたび刊行される『菅江真澄 図絵の旅』では、菅江真澄の残した貴重な自筆図絵にフォーカスをあて、112点を収録しています。本書中、すべての図版に付された詳細な解説によって、森羅万象に向けられた菅江真澄の眼差しを通じ、200年前の日本各地における旅と暮らしを追体験することができるでしょう。
北海道へ渡った菅江真澄は、アイヌ民族の暮らしに触れ、漁や住まい、人々の様子を活写しています。
菅江真澄の関心は、発掘された縄文土器にも向けられました。
秋田のなまはげ、諏訪大社の神事など、現在も守り伝えられている信仰や風習が、江戸時代にどのようであったかがわかる貴重な図絵ばかり。
疫病を追い出すためのまじない、避疫神の姿も。精緻でありながらどこか愛らしい情景は、菅江真澄ならではです。
菅江真澄をはじめて知る人でも眺めて楽しめる、オールカラーの文庫版です。
本書の編纂・解説は、日本文学・民俗学・口承文芸学がご専門の石井正己さん(東京学芸大学教授)。すべての図絵に解説を付し、菅江真澄の足跡を地図とともに紹介しています。
【本文より】──江戸時代後期、菅江真澄という旅人が現れた。三〇歳で今の愛知県を発ち、北東北を通って北海道に渡った。その後本土に戻って、青森県を経て秋田県に入り、七六歳で亡くなった。その間故郷に帰ることもなかったらしく、まさに漂泊の人生を送った。
(中略)旅の範囲は北東北と南北海道の全域に及ぶ。平泉と象潟は真澄も訪れていて、芭蕉が来たことに触れつつも、さらに歩みを北へ進めた。期間としても、四六年間という長期にわたる。従って、滞在は夏だけでなく四季に及ぶので、厳しい冬と爽さわやかな春の自然にも接している。
そればかりでなく、真澄の場合、日記や地誌を丹念に書き残し、それらには二四〇〇点ほどの図絵が入っている。耳目に触れた事実を克明に記録するために、言葉だけでなく、視覚的に表現することを重視した。しかも、それらの図絵は丁寧に彩色されているので、細部まで知ることができる。
こうした真澄の記録を重視したのは、柳田国男だった。柳田は、確立しつつあった民俗学が進むべき方向を示す先人として真澄を評価した。
Ⅰ 信濃・南部・蝦夷地の旅
Ⅱ 下北・津軽の旅
Ⅲ 秋田の旅(1)
Ⅳ 秋田の旅(2)
Ⅴ 地誌の旅
Ⅵ 図絵の旅(1)
Ⅶ 図絵の旅(2)
ナチュラルヒストリーとして見る菅江真澄の図絵
書名: 菅江真澄 図絵の旅
著者: 菅江真澄
編・解説: 石井正己
発売日: 2023年01月24日
判型: 文庫判
ページ数: 352
ISBN: 9784044006792
発行:株式会社KADOKAWA
レーベル:角川ソフィア文庫
定価:1,650円(1,500円+税)
江戸時代、菅江真澄という漂泊の旅人がいた。北東北や南北海道をくまなく歩き、好奇心のおもむくままに筆をとる。男鹿半島、八郎潟、白神山地の絶景。恐山、おしらさま、なまはげ、避疫神の信仰。火山、瀑布、奇岩がおりなす大地の風景。雪国の生業、海の幸と山の幸から、アイヌの暮らしや縄文土器まで――。森羅万象を描いた貴重な図絵112点をフルカラーで収録。民俗学、文化遺産、ジオパークの先駆けになった旅人の眼差しに迫る。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000026/https://www.amazon.co.jp/dp/4044006792
1754年、三河生まれ。本名、白井秀雄。国学と本草学を学んだのち、83年、30歳で旅立つ。信濃、越後、出羽、陸奥を通って松前に渡り、下北や津軽を経て秋田に滞在した。その間、大部の日記、地誌などを著し、その中に多くの和歌と図絵を残した。その貴重な記録は、柳田国男や内田武志、宮本常一らによって高く評価されている。1829年、秋田にて没。
1958年生まれ。東京学芸大学教授。専門は日本文学、民俗学、口承文芸学。『遠野物語の誕生』(ちくま学芸文庫)、『旅する菅江真澄 和歌・図絵・地名でたどる』(三弥井書店)、『感染症文学論序説』(河出書房新社)など多数の著作がある。編書に『菅江真澄が見た日本』(三弥井書店)など。